BINGO-INはどこに行った?

Posted on 森永正則

その昔、BINGO-INという「極めて質の高い遊技場(あえてここは遊技と表記します。)」がありました。

 

そしてこれは、熱烈なファン層を獲得した「ゲームの王様」と呼ばれた「ビンゴゲーム」のゲーム音です。

「ビンゴ」というと一般的なものは「パーティービンゴ」を連想しますがこのゲームはフリッパー(ピンボール)のような型をしたメダルゲームでした。

マニアの方ならご存知でしょう。

 

20穴(アナをケツと呼ぶ)タイプのメカビンゴと類される

・Ms America(通称ミスアメ・シュープリーム&デラックス)

・ HAWAII

・Double Up

25穴タイプのメカビンゴ

・Circus Circus

・Malibu Beach

さらにICビンゴと類される

・Pinup Girl

・El Dorado

・Kasandora

・・・& more

それらをふんだんに取り揃えたゲーム場がBINGO-INでした。

今となっては「伝説の遊技場」として数多くの逸話だけが語り継がれている場所で、その昔私もスタッフとして渋谷で従事しておりました。

 

そんな何十年も昔の記憶ですが、当時のBINGOゲームユーザーさんとお会いすることでその時の記憶が一気に蘇りました。

 

・静かめのBGM

・タバコの煙

・ドリンクカウンター越しのコーヒーの香り

・BINGOゲームの操作音

・TILTの音

・スタッフが動くたび「ジャラジャラ」となる鍵の束の音

・お客様の笑い声

・別のフロアの実況放送

当時の記憶は「ハードボイルド」にも似たイメージの中にある世界観でした。

 

そして何よりそこは「声を張らずに会話しながら遊技できる場所」として管理されていました。

 

・お客様の足元に散らばる巻きメダルの紙屑

・絵ガラスに投げつけられても割れたりすることのない布おしぼり

・誰かがマーカー代わりに使ったフィールドガラス上のメダル

・場内の厳格なルールを守るためかどうか知らないが設置された剣をもった鎧のオブジェ

・大理石の天板の休憩スペースのテーブル

 

今となっては、それら一つ一つは深い考察の元にすべてが意図されていたかのようにも思えます。

 

さて、そんな貴重な体験をしたことのある人がこの世に何人いるだろう・・・。

それを共有できる人はそう多くはないでしょう。また、現代の人に多くを語ったとしてもそれは昔の情報でしかない。

 

ゲーム場の一区画として存在していたBINGO-INは実は独立した存在で他のメダルゲームとはまったく違う世界にあり、たまたまそれら別のゲームと一緒に提供されたアイテムであったかもしれない。

 

そんな中いろいろなものが同時に多く存在することが可能となった現代で「BINGO-IN」の「あり方」とは?

「ビンゴ好きなお客様と従業員が集まり何かを共有する場所?」

 

もし、現代に「BINGO-IN」が存在したなら

 

・ゲームを作るためBETしている間はスマホでオンラインゲームを楽しみ

・いいゲームが作れたら球を打ち出す前に写真を撮りSNSへ投稿

・3球目を打ち出したところでSNSのコメントを確認し

・5球目を打ち終わったところでゲーム結果を撮影し、再度SNSへ投稿

・また、それらの合間にSNSで場内もしくは別の店舗のお客様同士が会話

・そのSNSグループに時々出入りするスタッフ

・BINGOゲームの画像はインストグラムやFacebookに散乱し

・いろんな人がブログを立ち上げている

・そしてスマホで遊べるビンゴが開発され

・通勤時間に遊技できる環境が形成され

・ネット上ではランキングが集計され

・いつの間にかキャラクターが設定され市場は爆発的に伸び

・そしてしばらくするとホーム画面に起動されることのないアイコンだけが残り

・忘れ去られる

 

そして、数十年に誰かがブログに懐かしい記事として取り上げる。

いま必要なのはそうではなく永遠のための企画なのかもしれない。

そのために「変わらない」という選択もありうる。

 

BINGO-INはどこに行った?

 

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Created on 12-12-2016